東京地方裁判所 平成9年(行ウ)280号 判決 2000年3月17日
原告
柴﨑亀寿
右訴訟代理人弁護士
鶴見祐策
山本英司
被告
東京都台東区建築主事 斉藤好治
右訴訟代理人弁護士
安田成豊
右指定代理人
加藤克典
両角公司
菅原義行
小林英之
被告補助参加人
山川豊子
同
湯浅春枝
右両名訴訟代理人弁護士
石田義俊
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第二 事案の概要
四 争点
以上によれば、本件の争点は、本件通路が本件告示三号本文の要件を満たすか否かであり、基準時における本件通路の幅員が一・八メートル以上であったか否かについての争点は、具体的には次の各点である。
1 基準時におけるC建物の壁面が、イ、ロの各点を結ぶ直線の位置にあったか、現在の稲垣宅の北側壁面の位置にあったか。 (争点1)
2(一) 基準時におけるD建物及びE建物の各壁面が、駐車場北側旧ブロック塀の位置にあったか、現在の駐車場北側のトタン塀の位置にあったか。 (争点2(一))
(二) D建物の軒先の部分を、本件告示三号本文の要件としての道の幅員に算入すべきか否か。 (争点2(二))
3 基準時におけるF建物及びG建物の軒先部分を、本件告示三号本文の要件としての道の幅員に算入すべきか否か。 (争点3)
4 基準時におけるA建物の板塀が、ハ、ニの各点を結ぶ直線の位置にあったか、現在の安良岡宅のブロック塀の位置にあったか。 (争点4)
5(一) 基準時におけるB建物の壁面の位置が、ホ、ヘの各点を結ぶ直線の位置にあったか否か。 (争点5(一))
(二) 右壁面から物干しの柱までの部分を、本件告示三号本文の要件としての道の幅員に算入すべきか否か。 (争点5(二))
6(一) 基準時において、B建物から東公道に至る間の空地の本件通路沿いに板塀があったか否か。 (争点6(一))
(二) 仮に板塀があったとすれば、ヘ、トの各点を結ぶ直線の位置にあったか、現在の竹垣宅の柿の木よりも南に位置していたか。 (争点6(二))
第三 争点に対する判断
一 争点1について
証人小林英之は、小林英之が基準時における本件通路の状況を調査したところ、基準時以降もA建物に居住する安良岡博から、大関マサがC建物を取得した二年後に本件通路側に三、四尺張り出して増築したことを聴取し、その後、右増築の時期を記憶している根拠について、安良岡博の息子から、そのころC建物に火災があったからであると説明を受けた旨証言し、小林英之作成の陳述書(〔証拠略〕)にもこれに沿う旨の記載がある。
これに対し、原告は、本人尋問において、C建物が増築された記憶はない旨供述する。
そこで、検討するに、大関マサがC建物を取得したのは昭和二七年三月七日であり、(〔証拠略〕)、C建物に火災があったのは前記のとおり昭和三二年一一月一二日であるから、増築の時期についての安良岡の記憶と食違うところであるが、課税台帳では昭和三六年に床面積が登記簿上の面積三八・八四平方メートルから現況の面積七七・六八平方メートルに訂正されていること(〔証拠略〕)、現在の稲垣宅の屋根が、西から東に向かって傾斜の角度及び方向の異なる三つの対称部分から成り立っていること(検証結果)、補助参加人が、検証において、C建物は基準時には東側部分が平屋建で、西側部分が二階建であったが、東側部分の二階の屋根は火災後の改築時に付け加わったことを指示説明していることからすると、C建物については、昭和三二年一一月一二日の火災の後に増築がなされたと認めるのが相当である。
ところで、右増築がなされた部分については、現在の稲垣宅二階の屋根の形状から、補助参加人が指示説明するとおり二階東側部分が付け加わったことをうかがうことができるのに対し、壁面及び二階西側部分の屋根の外観からは、本件通路側に増築された痕跡を確認することはできない(検証結果)。しかし、二階東側部分の増築についても壁面の外観に何ら痕跡が残っていないこと(検証結果)、火災後の増築であるため、従来の建物の外観に手が加えられたとしても不自然ではないことに照らせば、屋根の形状以外に増築の痕跡をとどめないような工事が行われたと推認されるから、壁面及び二階西側部分の屋根の外観に痕跡が残っていないことをもって、本件通路側への増築を否定する理由にはならないというべきである。
したがって、前記安良岡の記憶は、増築時期の点においてはやや正確性を欠くものの、火災の発生及び増築については客観的事実に裏付けられており、本件通路側に増築されたとの部分のみが虚偽であると認めるべき事情がうかがわれないのに対し、原告の前記供述は、C建物増築自体を否定していることからして、採用することができない。
以上によれば、C建物は本件通路側に三、四尺張り出して増築されたと認められるから、現在の稲垣宅の壁面から少なくとも九〇センチメートル南側に後退したイ、ロの各点を結ぶ直線が、基準時のC建物の壁面の位置であったと認めるのが相当である。
二1 争点2(一)について
証人湯浅春枝は、基準時におけるD建物及びE建物の各壁面は、現在の駐車場北側のトタン塀から約六〇センチメートル南に後退した位置で、F建物(現在の湯浅宅)の北側壁面と一直線に並ぶ位置にあった旨証言し、補助参加人湯浅春枝作成の陳述書(〔証拠略〕)には、E建物の壁面の柱が右トタン塀から約五〇センチメートル南に後退した位置に残っている旨の記載がある。
また、証人山川豊子は、右トタン塀はD建物の壁面から約五〇センチメートル本件通路側に張り出しており、駐車場北側旧ブロック塀は、D建物の土台の位置まで後退して設けてほしいという住民運動を受けて、駐車場管理会社が設置したものである旨証言し、小林英之の聞取調査においても、補助参加人両名以外に、安良岡静(安良岡博の妻)、竹垣健一及び杉戸栄一が、D建物の壁面は、駐車場北側旧ブロック塀と位置が一致すると供述している(〔証拠略〕)。
そして、前記トタン塀から駐車場北側旧ブロック塀までの距離が五〇センチメートルないし六〇センチメートルであること(〔証拠略〕検証結果)をも併せ考えると、基準時におけるD建物及びE建物の各壁面は、駐車場北側旧ブロック塀の位置にあったと認めるのが相当である。
これに対し、原告は、本人尋問において、右ブロック塀の位置はD建物の土台や壁面の位置と関係がない旨供述するが、一方において、右ブロック塀の設置については業者に任せていた旨供述していることに照らしても、右ブロック塀の位置についての供述部分を信用することはできない。
また、駐車場北側のトタン塀に沿って、別紙図面四の「残存基礎」部分にモルタル様の構築物が残っているが、その形状(〔証拠略〕検証結果)からすると、D建物の犬走りであったと推測されるから、D建物壁面の位置についての前記認定を左右するには足りない。
また、駐車場北側旧ブロック塀の跡とトタン塀に挟まれた場所にE建物の雨樋の痕跡の穴が存在するが、その痕跡の管は塩化ビニール製であるから(検証結果)、基準時に右痕跡の位置に雨樋が存在したとは認め難く、右痕跡があるからといってE建物壁面の位置についての前記認定が左右されるものではない。
2 争点2(二)について
原告は、建物の軒先の部分を、本件告示三号本文の要件としての道の幅員に算入すべきではなく、仮に算入するとしても、軒先の路面からの高さが一〇尺(三・〇三メートル)以上の場合に限るべきであると主張する。
しかし、法四二条二項は、市街地における既存の幅員四メートル未満の道について、基準時以後もできるだけ法の定める道路として取り扱うことによって、右のような道にのみ接する敷地上の建築物の新築又は増改築を可能にし、当該敷地所有者及び建物所有者の既得の地位を保護するとともに、道路拡幅による一般公益との調和を図ることを趣旨とするものであり、同項を踏まえて、本件告示三号本文は、市街地において同規定に該当する可能性のある道の大部分が私道で、通常の人車の通行に支障のない範囲で軒先等建築物の一部が道に突き出して建築されている一般的な現状をやむを得ないものと容認した上で、そのような道も法の定める道路として取り扱うことにより関係人を救済し、新築及び増改築の際に法四二条一項所定の幅員を確保しようとする趣旨のものと解される。
したがって、本件告示三号本文により二項道路と指定される道の幅員一・八メートル以上とは、道の形態を備える土地のうち現実に一般の交通に使用されている部分の両側端線間の最短距離をいうものと解すべきであり、道に面した建物から軒、庇その他の構築物が道に向かって突き出している場合であっても、右突出物の地上からの高さが人車の交通の障害とならない程度に十分高く、その直下の地上も道の一部として現に一般の交通に使用されているときは、右突出物の直下に当たる部分を道の幅員算定に当たって除外すべきではないというべきである。
そして、D建物については、その軒が人車の交通の障害となるほど低かったことを認めるに足りる証拠はなく、また、仮に、前記犬走りが基準時において既に構築されていたとしても、形状からすると、一般の交通の使用を妨げるものであったとはいえないから、その軒先部分も、本件告示三号本文の要件としての道の幅員に算入すべきである。
三 争点3について
F建物及びG建物からの突出物については、基準時にこれらの建物から人車の交通の障害となるほど低い位置に軒ないし庇が突き出ていたことを認めるに足りる証拠はない。
なお、現在、湯浅宅(F建物)前にあるコンクリート製階段(別紙図面四の湯浅宅前の「敷き石」部分、検証結果)は、昭和四五年に設置されたものであって、基準時には存在しなかったのであり(証人湯浅春枝)、また、杉戸宅(G建物)前の敷き石(同図面の杉戸紙工前の「敷き石」部分、検証結果)についても、基準時に既に設置されていたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、基準時におけるF建勤及びG建物の軒先部分も、本件告示三号本文の要件としての道の幅員に算入すべきである。
四 争点4について
証人山川豊子は、基準時に存在したA建物の板塀が壊れかけてきたために、安良岡博が、これを取り壊してブロック塀を設けたが、その際、東南の角の部分について、板塀があった位置よりも本件通路側に張り出して設置したのに対し、補助参加人山川豊子は、本件通路が狭くなることに抗議し、台東区役所に陳情を行ったものの、台東区からは塀の築造には対処できないとの回答を受けた旨証言し、補助参加人山川豊子作成の陳述書(〔証拠略〕)にもこれに沿う旨の記載があり、同補助参加人は小林英之の聞取調査においても同旨の供述をしている(〔証拠略〕)。
これに対し、安良岡博又は安良岡静は、小林英之の行った聞取調査において、ブロック塀が板塀のあった位置よりも本件通路側に張り出して設置されたことを認めていない(証人小林英之)。
しかし、現在の安良岡宅南側ブロック塀のうち、中央西寄りの部分(別紙図面四の「石垣」と表示される箇所)の下には基準時から存在する石垣を確認することができるが、東南の角の部分については、これを確認することができないこと(検証結果)、安良岡が本件通路への張出しについて抗議を受けたことがあれば、これを台東区の狭隘道路の担当者である小林英之の聞取調査において秘匿しても不自然ではないことも考慮すれば、前記証人山川豊子の証言を信用することができるというべきである。
そして、証人山川豊子及び同小林英之の各証言によれば、基準時に存在したA建物の板塀は、おおむねハ、ニの各点を結ぶ直線の位置にあったと認めることができる。
なお、昭和二六年に日本火保図株式会社が作成した火保図(〔証拠略〕)では、A建物(安良岡宅)板塀は直線で表されているところ、原告は、この点を根拠に、塀の張出しについての被告の主張は失当であると主張するが、右火保図が板塀の屈曲の状況まで正確に再現したものであるとは認め難いから、前記板塀の位置の認定を左右するに足りないというべきである。
五1 争点5(一)について
証人山川豊子は、B建物の壁面の位置は物干しの柱から五〇センチメートル北側であった旨証言し、補助参加人山川豊子作成の陳述書(〔証拠略〕)にもこれに沿う旨の記載があり、同補助参加人は小林英之の聞取調査においても同旨の供述をしている(〔証拠略〕)。
そして、右物干しの柱は、平成四年八月当時は存在した山川宅前のブロック塀の位置にあったから(〔証拠略〕)、これらを総合すれば、基準時におけるB建物の壁面は、ホ、への各点を結ぶ直線(前記のとおり物干しの柱があった位置から五〇センチメートル北へ後退した点を通る、現在の竹垣木工所の板塀との平行線)の位置にあったものと認めることができる。
なお、別紙図面四の「電柱」の位置に電柱があるが(〔証拠略〕、検証結果)、これは昭和三〇年に設置されたもので(〔証拠略〕)、基準時に存在したものではなく、B建物の軒の支障とならない位置に設けられたものと考えられるから、右電柱の位置をもって、前記塀の位置の認定を左右するには足りない。
2 争点5(二)について
証拠〔証拠略〕によれば、基準時にはB建物の前面に物干し竿掛の柱(約一〇センチメートル四方で、高さが一階の屋根程度のもの)があったことが認められるが、右柱が狭い間隔で立ち連なり、周囲の一般の交通の使用を妨げていたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、B建物壁面から物干しの柱までの軒先部分も、本件告示三号本文の要件としての道の幅員に算入すべきである。
六1 争点6(一)について
前記のとおり、基準時には、B建物から東公道に至るまでの間は空地であったところ、証人湯浅春枝の証言によれば、当時、右空地部分と本件通路との間には、全面に渡って板塀があったことが認められる。
なお、前記火保図(〔証拠略〕)では、右空地のうち、東公道に接する部分と、本件通路に接する部分のうち東端の部分だけが、板塀で囲まれている旨の表示がされているが、右図面に表示された「小ヤ」は作成当時は焼失して存在しなかったこと(証人湯浅春枝)からして、右図面の細かな表示内容についての正確性は疑わしく、前記の表示内容が作成当時の状況を正確に表示していると認めるには疑問がある。
2 争点6(二)について
前記のとおり、別紙図面一及び別紙図面三の竹垣宅の敷地内の〓(樹木)の位置に柿の木があり、基準時における直径は約九センチメートルであるところ(証人小林英之)、補助参加人湯浅春枝が、右板塀より本件通路側に柿の木があった記憶を有していないこと(証人湯浅春枝)からすると、右板塀は柿の木より南側にあったと認めるのが相当である。
七 以上を総合すると、基準時における本件通路の幅員は次のとおりとなる(次の1ないし5の基本となる距離については別紙図面三参照)。
1 C建物壁面の北西角(イ点)とA建物の板塀(安良岡宅のブロック塀)との間の幅員
一・五二メートルに〇・九メートルを加えた二・四二メートルであったと認められる。
2 C建物壁面の北東角(ロ点)とA建物の板塀(安良岡宅のブロック塀)との間の幅員
一・二五メートルに〇・九メートルを加えた二・一五メートルであったと認められる。
3 A建物の板塀の東端部分とD建物壁面(駐車場北側旧ブロック塀)との間の幅員
安良岡宅のブロック塀の東南角と駐車場北側旧ブロック塀までの距離は二・〇四メートルであるところ、基準時におけるA建物の板塀の位置は前記のとおりおおむね二点であるから、基準時における幅員が二・〇四メートルを上回っていたことは明らかである。
また、安良岡宅のブロック塀の東南角からやや西側のブロック塀が屈曲する点と駐車場北側旧ブロック塀までの距離は一・七六メートルであるところ、基準時におけるA建物の板塀の位置は前記のとおりおおむねハ、ニの各点を結ぶ直線であり、右屈曲点より少なくとも〇・〇四メートル北に後退したところに板塀があったと認められるから、その地点における基準時の幅員は一・八メートル以上あったと認めることができ、また、右屈曲点より西側に所在する本件通路が基準時において最も狭くなる地点(ハ点)における幅員も、〔証拠略〕により認められる安良岡宅の現在のブロック塀と駐車場北側旧ブロック塀までの距離に照らせば、一・八メートル以上あったと認めることができる。
4 B建物壁面(ホ点)とD建物壁面(駐車場北側旧ブロック塀)との間の幅員
二・三四メートルに〇・五メートルを加えた二・八四メートルであったと認められる。
5 B建物壁面とD建物壁面(駐車場北側旧ブロック塀)との間の幅員
駐車場北側旧ブロック塀と竹垣木工所(階段付近)の外壁面との距離は一・八二メートルないし一・九一メートルであるところ、基準時におけるB建物壁面は、竹垣木工所の外壁面よりも北に約〇・五メートル後退していたから、基準時における幅員が約二・三メートルないし約二・四メートルであったと認められる。
6 G建物(杉戸宅)壁面と空地前面の板塀との間の幅員
杉戸宅壁面から竹垣宅の塀までの距離は一・二〇メートルないし一・二八メートルであり(別紙図面三参照)、竹垣宅の塀から柿の木の根の南端までが約〇・三九メートルで、柿の木の幹の幅が最大で約〇・三二メートルであり(検証結果)、前記のとおり基準時における柿の木の直径が約〇・〇九メートルであることを総合すると、杉戸宅壁面から柿の木までの距離は一・七〇五メートルないし一・七八五メートルとなる。
(計算式)
1.20+0.39+(0.32-0.09)÷2=1.705
1.28+0.39+(0.32-0.09)÷2=1.785
そして、前記のとおり板塀は柿の木とG建物(杉戸宅)との間にあったのであるから、板塀とG建物(杉戸宅)壁面との幅員が一・八メートル以上であったとは認めるに足りない。
なお、東京都台東区建築主事は、昭和二八年一〇月二〇日及び昭和三九年一〇月一九日の二回にわたり、竹垣条吉及び株式会社竹垣木工所の各建築確認申請についていずれも建築確認を行った際に、本件通路のうち杉戸宅と竹垣宅に挟まれる部分を二項道路として取り扱っているが(〔証拠略〕)、その際、本件通路の幅員を一・八メートル以上であると判断した経緯が明らかでなく、右建築確認をもって、前記板塀及び柿の木の位置についての認定を左右するに足りないというべきである。
7 したがって、本件通路のうち、本件申請地の北側部分から稲垣宅と安良岡宅とに挟まれる部分を経て西公道に達するまで(以下「本件通路西側部分」という。)は、幅員が四メートル未満一・八メートル以上であったと認められ、右認定に反する陳述書(〔証拠略〕)の記載部分はいずれも採用することができない。
他方、本件通路のうち湯浅宅と杉戸宅の北側部分については幅員が一・八メートル以上であったとは認めることができない。
八 幅員以外の本件告示三号本文の要件について
本件通路西側部分の基準時における状況及び幅員については前記のとおり認められ、その南北の端の位置は明確であるから、その中心線も明確であったということができる。
また、〔証拠略〕によれば、本件通路西側部分が、基準時において、一般の交通に使用されていたこと、右道部分のみに接する建築敷地(B建物及びD建物の敷地)があったことが、いずれも認められる。
九 以上によれば、本件通路西側部分は、本件告示三号本文の要件を満たし、二項道路に該当する。
そして、竹垣木工所の階段付近では、前記七5のとおり基準時における幅員が約二・三メートルないし約二・四メートルであるから、中心線から駐車場北側旧ブロック塀までの距離が約一・一メートルないし約一・二メートルであり、道路境界線(中心線から水平距離二メートルの線)は、右ブロック塀から更に南側に約〇・八メートルないし約〇・九メートルの地点に位置することになる。
ところが、原告が建築しようとする路外駐車場管理事務所の位置は、その北側が別紙図面一の斜線部分のとおり右ブロック塀に接するのであるから、右事務所の一部が本件通路西側部分の道路境界線よりも北側に位置することは明らかである。
したがって、原告の建築確認申請に対して、法四四条一項の規定に抵触することを理由に不適合通知をした本件処分に違法はないというべきである。
よって、原告の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 村松秀樹)